安里流心理学

個性を認めない人は自分も認められなくて良いということ。

昨日の記事を書いている途中に思ったことがあったので書いておきます。

世の中、優しい人っているじゃないですか。そういう優しい人に限って(優しい人だから)変な人に絡まれて疲れちゃうことってあると思います。どんな人でも話を聞いてあげちゃうとか。いや、それ自体はとても良いことですよ!人に優しくできるのは本当にすごいことです。

でも、話し手がドンドン調子に乗って喋りだして、聞き手(優しい人)のダメ出しとかに発展することってありませんか?そんな光景が非常に残念です。優しい人ほど傷付けられてるなんて、そんなの嫌ですよ。世の中の優しい人!!優しいのは良いんだけど「ちゃんと聞き手を選んで下さい!」世の中、平気で他人をバカにしてくる人がいますから。
でないと優しい人の個性が潰されちゃう。「自分が傷ついて相手が喜ぶなら、ちょっとくらい我慢しよう」とか考えちゃうんでしょう。いかにも優しい人です。

僕はそんな人が本当に心配です。どうか優しいだけじゃなくて「強さ」も持って欲しい。

個性を認めない人は、他人を平気でバカにしてくる

大体、人の事をバカにしてくる人っていうのは自分の考えが一番正しいわけですよ。それを人に押し付けて来るわけです。僕はこういうタイプが本当に嫌です。優しい人にとっては「人をバカにする」だなんて考えられないと思います。だけど、確実にいますよ。人をバカにしてくる人。
言っておきますが、「僕が全く人の意見を聞かない」というわけではないですよ。「注意してくれる」ことと「バカにしてくる」ことは全然違います。

僕が間違った行動をしたら「それは辞めたほうが良い」と注意してくれる人。
分からない事があったら「それは◯◯ということだよ」と教えてくれる人。
こういう人はありがたい存在です。
僕だって間違った行動をしたいわけではありませんから。

その間違った行動・分からなかったことに対して「バカにしてくる」人がいる。そんな人は本当に嫌だ。僕の人生には要りませんので、即座に離れます。放っといて下さい。あなたから影響を受けることは何一つありません。

その違いは「人の個性を認めているかどうか」だと思うんです。その個性を認めているかどうかはノンバーバルコミュニケーションとなって必ず現れる。つまり、態度やその人が放つ空気感です。
なぜかいつも態度が大きい人とか、初対面なのになぜか「上から目線」の人とか。そういう人とは会話が面白くならないんですよ。だって、「その人の中で答えが決まっているから」。会話の終着点を既に決めこんでいるから。結局、その人の考えた終着点になるんでしょ。
全然クリエイディブじゃないし、化学反応が起きない。だから会話が面白くならない。

人の個性を認めないということは自分も認められなくても良いということ。ということはその人の事を考えなくても良いということ。だったら僕は「僕という個性が潰されるだけなので、即座に離れていきます」

僕は「優しさは自分にも帰ってくるべき」だと考えています。人に優しくしてそれが自分にも帰ってくる。それってとても素晴らしいと思うんです。

世の中の優しい人。その優しさをもっと「(優しい人を含めた)多くの人の為に使いませんか?」
自分が傷ついてまで人に優しくするのって、僕は嫌だ。

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安里 圭一郎
安里 圭一郎
安里圭一郎 / Keiichiro Asato 詳しいプロフィールはこちら。 神戸在住。スティールパンを演奏・指導しています。