安里流心理学

「優しい人」というのは半分褒め言葉ではない。

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こういった記事は僕の実体験をもとに書いています。
ということは、僕は自分のことを「優しい人」だと思っています。

いやー、自意識過剰ですね。しかし、かなり正確に自己分析できていると思います。僕は比較的優しい人。だけど、僕が考える「優しい人」って半分「良い言葉じゃない」です。

優しいということは、「弱い」ということでもある。

人から言われたことになんでも答えて嫌な顔せずに行動する人が優しい人?それが自分の嫌なことでも?

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正確には(自分では意図せずに)オニギリを食べさせられる側に回っていた。これ、自分が弱かったから。断るのが怖かったんです。断ったら断ったで、次はどんなことを振ってくるか分からないですから。「僕には構わないでー!」という感じでした。

で考えるのが、こういう状況「どっちが悪い?」

どちらも悪くないんだよね。嫌なら、そういう人達と付き合わなきゃいい。

オニギリを食べさせてる方も良かれと思ってやっているわけです。その場の空気を盛り上げようとして。盛り上げること自体は良いことですからね。
そういうことをしてくる人が好きなら、これからもずっと付き合っていけば良いんです。でも、嫌なら付き合っていくべきじゃないです。だって、「オニギリを食べない」側も相手を嫌がらせているから。つまり、オニギリを食べないことで相手を傷つけているんです。
オニギリを食べさせた側は「この場を盛り上げようと」話題を振ったのにそれを拒否するんですから。

だとしたら、それはお互い不幸せですよ。

これは良くない。だからそういう相手とは付き合うべきじゃない。もしくはある程度距離を保つべき。
そうすればお互い気持ち良く過ごせます。

自分の合う人達がいる場所を探す努力をする

僕も「いやだ」とか「相手が悪い」とか言いたいわけじゃないですよ。もし、こういう状況に立った場合、「自分の価値観と合った人達と付き合う努力をするべき」だと思うんです。

価値観なんてみんな違いますから。自分に合う人もいれば合わない人もいる。
普通に考えて合う人と過ごした方が良いですよ。

で、僕が大事に思っていることは「自分は何が好きなのかちゃんと分かっている?」ということです。

僕は自分の「これが好き」「これが嫌い」ってちゃんと認識していなかったんです。
意外な盲点でしたよ。

自分はこれが好き、こういう空気感の人が居心地が良い。だからこの人達と付き合っている。

という感じで考えると相手の良さも理解できてとても良い。
嫌だなと思う人とは距離を置き、この人達は合うと思う人と付き合っていく。
そうすれば嫌な人をこれ以上嫌わなくて済むのも精神的にラクです。

楽しく優しくかっこよく

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安里 圭一郎
安里 圭一郎
安里圭一郎 / Keiichiro Asato 詳しいプロフィールはこちら。 神戸在住。スティールパンを演奏・指導しています。